私はまだ「在日」のことをほとんど知らない:「DAYS JAPAN」2004年11月号特集「在日」を読んで

 日本に定住している朝鮮民族が、なぜ日本で暮らすようになったのかについて、恥ずかしながら私は正確なことをほとんど知らない。1910年に日本が「韓国」を併合して植民地化して以降、多くの朝鮮人たちが職を求めて日本に渡り、また連れてこられたことは学校で教わったし、日中戦争が始まってからはコリアンも総動員の対象になったこと、日本の敗戦で、多くの人が朝鮮半島に帰ったが、一方でまた多数の人が日本に残ったことも知識として知っている。
 しかし、戦後以降の在日の人々がいったいどのような扱いを受けてきたのかは、残念ながらほとんど知らない。敗戦直後、日本国籍を持っていた彼らは、なぜその後国籍をはく奪され、事実上無権利状態に置かれたのか。どうして少なくない日本人は、彼らを忌み嫌うようになったのか。戦後の在日の人々の扱われ方を知るにつれ、強い怒りを感じることはあっても、それはなぜなのかということについて考えはなかなか至らなかった。

 「DAYS JAPAN」2004年11月号の特集「在日」を読んで、また知らないことがまだまだ多いことを思い知らされた。16ページほどの特集に、現在の在日の方々の状況とこれまでがコンパクトにまとめられているが、そこに記されていることはほとんど知らなかった。たとえば16ページにある1/3ページほどの関連年表に記載されている出来事の半分以上を知らなかった。

 1947年外国人登録例公布。在日朝鮮人は外国人扱いとなる。1952年外国人登録法施行。在日の日本国籍完全喪失。恩給や遺族年金が一切支給されなくなる。1965年韓国と日本の国交回復。5億ドルの賠償金で韓国は対日請求権を放棄。1966年協定永住実施。韓国籍保持者に25年の在住認可。1982年難民条約発効。在日の人々も国民年金加入対象に。1986年国民健康保険が日本在住の外国人に適用。1987年帰化韓国人の民族名の使用許可。1991年入管特例法施行。戦前日本に住んでいた人に「永住許可」資格付与。2000年指紋制度改定。外国人の指紋押捺廃止。
・・・年表ざっと拾い上げただけでもこれだけの出来事がある。むりやり「日本人」にさせられたのに、戦後はあっさり外国人扱いとなり、さまざまな権利がはく奪された。永住権が回復されるまで46年かかっているのには驚いた。国民年金加入が認められるのにも37年後の難民条約発効までまたされ、しかも60歳超は加入できず、加入できる人も未納期間のお金を払えず加入できない人も多かったという。

 そしていま。あいかわらず在日の方々をとりまく情勢は厳しい。北朝鮮問題も絡んでことさら在日の人々に対する風当たりは強まっている。北朝鮮のことでなにかあれば、在日の人が攻撃の対象にされ、嫌がらせや服を切るなどの事件もあいかわらず起きる。ネットを使う人なら誰でも知っている巨大掲示板では、在日に対する品性のカケラもない「誹謗中傷」がさも当たり前のように連日書き込まれている。先日は、そこのあるスレッドに「在日のワルの質は、他と違ってさらに悪い」旨のどうしようもなく「質の悪い」書き込みを見てげんなりしてしまったが、この程度はまだマシと思えるほどだ。歴史をきちんと知らない連中が、自分の主観だけで決めつけた「歴史」を根拠に、勝手なことを言いふらしているかのように見える。

 「歴史は、個人がそれぞれ主観で決める」みたいな「珍論」が振りかざされることもよく目にするようになったが、私は、歴史の見方はどういう立場に立つかで決まると考えている。同じ出来事でも、国家の支配者の視点からみた場合と、一国民の視点からとではまるで違う。国民といっても、サラリーマンと会社の社長では、当然のことながらこの社会における立場は違う。歴史に対する視点も同様だ。
 肝心なのは、どの立場からの視点が、自分や自分を取り巻く人たちの為になるかということだと思う。歴史からいろいろなことを引き出し、今後の行き方に生かしていくために、どういう立場から物事を考えればよいか。それを考えつづけていくことが大事なのだろうと思っている。

 「在日」の戦後はまだ終わっていない。その歴史をきちんと知ることが、日本人に求められている。

トラックバック(1)

トラックバックURL: http://www.officemh.com/mt/mt-tb.cgi/110

反米嫌日戦線 LIVE and LET DIE(三流偏向不公正独断蝦夷自分趣味) - 【だまされる事は罪だ】もの持たぬ弱いものどうしで潰しあう愚かさ (2004年11月 7日 03:55)

厚顔無恥というか厚顔無知というか、とにかく知ろうとしないってことは罪だとつくづく思う。 ブッシュに投票した者、アイヌ人の差別は無いと主張するもの。 どちらも愚... 続きを読む

コメント(11)

>「歴史は、個人がそれぞれの主観で決める」

> どの立場からの視点が、自分や自分を取り巻く人たちの為になるかということだと思う。


上記引用の2文と同義だと思うのですが、いかがでしょうか?

失礼。
日本語が変です。
訂正します。

『上記引用の2文が同義だと思うのですが、いかがでしょうか?』

 tokuさん、ご指摘ありがとうございます。

 う?ん、少々わかりづらい文章になってしまいましたかね。
 私としては、前者の文は「自分の主観に都合の良い事柄だけとりあげる」という意味を、後者には「史実ときちんと向き合う」という意味を込めたつもりなのですが、いかがでしょうか。
 まあ、説明がいるような文章ではいけませんね。もっとわかりやすく書けるよう気をつけたいと思います。

moonyさん

自分や自分と取り巻く人の為に歴史がある、という点に異存はありません。
そんなものだと思います。

しかし、そうなると史実はあってない様なものになります。
史観という言葉がその証左だと思います。

また、「きちんと」と言ってしまうと、依然として「自分の主観に都合の良い」香りが致します。
(誠実って何かね、ってやつですね)


ところで、素朴な疑問なのですが....

「あっさり外国人扱いとなり、さまざまな権利がはく奪された」と仰っていますが、その代わりさまざまな韓国人、北朝鮮人としての権利を得たはずだと思います。
それが国籍に付随してくることだと考えますが、いかがでしょうか?

>tokuさん
はじめまして。横レスで失礼ですが、「素朴な疑問」に関して。
年表にあるとおり1965年の日韓基本条約で、やっと日本は韓国と国交を結びます。これを契機に、在日の人々のなかで韓国籍を選んだ人が日本国家からも韓国国民と認められるのです。それまでは言ってしまえば、単に日本国民でない者という存在です。韓国国家から相応の保護を受けるという立場にもありません。1947年の外国人登録令(実はこれが最後の勅令です)で、大日本帝国臣民としての権利を単純に失って、以後はそのままという状態が戦後の長きにわたって続いてきたのです。
北朝鮮については国交がありませんので、韓国籍のない人は、実質無国籍扱いになります。
もっと展開したのですが、時間がないので、とりあえずここまで。

主義者Yさん

御回答有り難うございます。

重ねて質問で申し訳ありません。
無国籍扱いと無国籍は違うと思いますが、いかがでしょうか?
また、なぜ、韓国国家から相応の保護を受けられなかったのですか?
韓国国家は何をしていたのですか?

#書いてて、自分で調べろという気がしてきましたが。
#申し訳ない。

tokuさん、

>しかし、そうなると史実はあってない様なも
>のになります。
>史観という言葉がその証左だと思います。

 この点については、私はちょっと見解が違います。
 歴史だけでなく物事を考える場合、どの立場から考えるかというのが大事だと考えています。となると、立場によって同じ事柄でも見方・捉え方が違ってきますが、そのギャップを小さくするために、実際はどうだったのかという検証をしていく必要が出てくるのだと思います。
 たとえば、tokuさんの疑問にある、「その代わりさまざまな韓国人、北朝鮮人としての権利を得たはず」という点について。
 仮に、当時の在日の方々が、日本国籍剥奪と同時にそういう権利を得ていたとしても、それが実際に権利として行使できる状態であったかどうか、「制度として機能していたかどうか」を検証しないと、より本当のことに近づけないと考えます。もし韓国または北朝鮮の国民としての権利を得ていたとしても、それが使えなければ、その制度はあって無きが如しです。「制度があった」のが事実としても、それが機能していない実態があったならそれも事実です。
 そうして出てくるいろいろな事実をひとつひとつ突き合わせて、広く納得できる見解を積み上げていって出来てくるのが「史実」なのではないかな、と私は思っています。それぞれの立場から提出された事実を突き合わせて検証し、それぞれがある程度合意の出来る見解が「史実」になるということなのでしょうか。

 だた、現実的にはとても難しいことだとも感じています。こうした見解を作るには、とても多くの人の、長年にわたる膨大な作業が必要でしょうから。
 でも幸いなことに、いろんな分野で研究している先人たちの成果が日本にも世界にもあります。その成果を出発点に、出来る範囲でいろいろと考えていけば、いろんな立場の人たちとの相互理解も進むかと思います。

 あと、無国籍扱いと無国籍との違いと韓国籍の人たちがなぜ国家からの相応の保護が受けられなかったのかということについては、申し訳ないが私も不勉強で調べてみないとわかりません。1950年代から1960年代に、日本と韓国・北朝鮮の情勢がどうなっていたかによるのだとは思いますが・・・気にし始めると調べることがいろいろ増えてきますね。でもそうやって調べたり考えたりしていくと、歴史って面白くなってくるものなのでしょう。

 すぐというわけにはいきませんが、時間を作って調べてみようかと思います。

 主義者Yさん、ありがとうございます。的確な解説、参考になります。

 自分では在日の方に対していやだとかきらいだとか言う感情は持っていないつもりですが、だからといって知らないままでいることも良くないなあと思っています。最近、北朝鮮問題に絡んで嫌な言動を見聞きするようになっていますから余計そう感じています。少なくとも感情に流されすぎないようにしたいものです。

moonyさん

>「制度として機能していたかどうか」

日本国籍から韓国籍または北朝鮮籍に移った時点で、彼らの権利を行使する対象は、それぞれの国となるのでは無かろうか、と思います。
そう言う意味では、「制度としてあった」のであれば、権利の上で寝ていたと言うことになります。
日本国が権利の行使を阻害したので無ければ、彼らと彼らの国の問題であり、むしろ諸制度に対しあれこれ言うのは内政干渉というものです。

とまぁ、私も不勉強なので、仮定の話を続けても仕方ありません。
逆に、1965年に韓国と国交が復活しているのに、その後、なぜ在日の方が日本の年金制度に加入できる様になったのかが分かりません。
そのような福祉については、韓国に求めるべきでは?と思います。


#えー、だから、自分で調べろ、と。
#また、調べたら出直してきます。
#moonyさん、主義者Yさん、ありがとうございました。

帰宅したので続きを(笑)。
国交がないということは、わかりやすく言えば国としては認めない、ということです。国交とは、お互いにおつきあいしましょうというレベルの話ではありません。現実には北朝鮮との関係のように、様々な交渉・交通の場があるわけですが、相手の国家・国民に対して法的な承認をするかどうかという意味合いが強いです。
わかりやい例になるかどうか。
例えば韓国籍を持たない在日の人が、日本人と婚姻するさい、どんな手続きが必要になるか。日本人ならば20歳以上で独身であるならば、親の同意なく自由に婚姻できます。これは日本の民法の規定ですが、それぞれの国の法律によって、婚姻の要件がさだめられています。その在日の人が、仮に北朝鮮への帰属意識をもち、北朝鮮の国内法によって「公民」と定められていたとしても、日本国家が北朝鮮を正統な法的存在としての国家として認めていなければ、この人の婚姻要件に北朝鮮の法を適用することはありません(最近の法令・通達は知らないので、今の運用は違うかもしれませんが)。このように、自分の国籍が属する国家の保護をうけるかどうかというのは、その国の法やルールをある意味適用してもらえるかどうか、とも言い換えられます。
極端な例えをすれば、この場合北朝鮮籍をもつ人が、北朝鮮の法では自分は婚姻する要件がある、と言い張っても日本の役所がそれを認めなければ婚姻することはできません
(もちろん大前提として日本国憲法には何人にも認める基本的人権の理念はありますので、何らかの代替的な要件規定は適用される可能性はあります)。
もうひとつ付言しておくと、外国人登録法における在日の人の国籍表示には「韓国」と「朝鮮」の2種類がありますが、後者はよく誤解されるように北朝鮮を意味するものではありません。最初はみな「朝鮮」という表示からはじまり、1965年の韓国との国交成立以後に韓国法に基づいて韓国国籍をとった人が「韓国」という表示に変えられました。つまり、自ら積極的に韓国籍を選んだ人以外は「朝鮮」籍をそのまま継続しているだけの話です。なかには北とか南とか選択したくないという人も多く含まれています。

昔から言われていることですが、足を踏んでいるものに足を踏まれているものの痛みはわかりません。

過去に差別した側の者は、謙虚なることが大事ですね。

それが、人の道ってもんですよ。

コメントする

アーカイブ

OpenID対応しています OpenIDについて
Powered by Movable Type 7.1.2

SORAMIMI on the tumblr.

powerd by tumblr.com