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結局、核武装をぶち上げたところで、それは自己実現のツールに過ぎない

 結局、日本の核武装論なぞをぶち上げたところで、それは自己実現の(もしくはキャラを立てる)ためのツールに過ぎないのだなと改めて思ったのが正直なところ>この方に限らず、この手のことを言う人たちの共通点として。
 悪いけど、そうやって騒げば騒ぐほど、損するのは我が日本で、得するのは「にっくき北朝鮮」だということをお忘れなく。きっと、どうしてそうなるのか、なかなか理解できないだろうけど。

 それにしても、前のエントリーを上げてから、何も音沙汰がなかったのでどうしたのかなと思ってたけど、速攻でお返事いただいてたんですね。だったら、トラックバックのひとつぐらい送ってくれてもいいものを。だってせっかく書いたのでしょう。そうやってエネルギーを使ったこと、もったいないと思わないのかなぁ。それとも、実は強がる演技だけで、そんなに思い入れはないのかな? まあ、なんでもいいけど。

日本の核武装ー不安のある状態に耐えられず、それを埋めるために国家を持ち出し核武装を言うのは、周囲も自分をも不幸にするだけ

 終戦記念日に、核をテーマにNHKで放映された討論番組「日本の、これから」を見た感想を述べたエントリーに、コメントをいただいた。そのコメントへの返答として、このエントリーを起こす。

 私が書いたそのエントリーは、核廃絶を実現するには、その意志を表明し、武力に寄らない行動を起こすところからしか始まらないという趣旨だ。それについて「既に手遅れだ」というコメントをいただいた。この方は、自身の主張を上げた自らのブログのリンクも張っていただいたので、それも読ませていただいた。この方の主張は、北朝鮮のみならず世界の主要国、中立国さえ核に手を染めている、日本も核武装しないと、そういう世界の諸国と渡り合えないという内容だと理解した。

 基本的に、私とこの方との意見の違いは、現状の世界情勢をどう認識しているかの差から始まっていると感じた。とはいえ、世界の諸国が何らかの形で核に関わっているという認識は私も持っている。意図的ではないにせよ、結果として日本だって核に関わっている可能性があるというのが私の認識だ。その点については違和感はない。

 しかし、だから「既に手遅れだ」というのがよく分からない。何を根拠にそう判断されているのかが分からない。そのあたりをもっと説明してくれると助かるのだが。このことについてよく「手遅れだ」という人は他にもいるが、何を根拠にそう言っているのか、いくら聞いてもはっきりしないので。