奈良小学生誘拐殺人事件:1989年のあの事件と似てやしないか?

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 奈良の小学生誘拐殺人事件について、今のところ報道されている以上のことを私は知らない。なので、今私が事件に言えるのは、被害者の冥福を祈るとともに、容疑者に対して、本当に事件を起こした当事者なら、すべての事実を明らかにしその重みを受け止め、残りの一生を償いに費やすべきだということしかない。

 捜査の進展によって、容疑者の生い立ちや人となりが徐々に明らかになってきている。それを見て、1989年に起きた幼女連続殺人事件の容疑者のことを思い出した。今回の容疑者の人物像についての報道のされ方が、1989年の事件の容疑者のそれの繰り返しかと思えるほどそっくりに見えるのは偶然か。年齢も、今回の容疑者とあの時の容疑者はほぼ同世代に属するのもそうだ。
 彼らが10代から20代前半という多感な時期を過ごしたのは、バブル時代前の1980年代に属する。多少時期はズレるが、昨年死刑執行された宅間死刑囚も、同じ時代に少年期・青年期を過ごした者ではなかったか。漠然としすぎているとは自覚しているが、ここに彼らの人間形成に影響を与えたモノの共通点はないのだろうかと思ってしまう。

 この手の事件でいつも気になっていることが、改めて強く意識されたことだけは確かだ。それは「こうした事件を起こすような人間を生みだした社会の在り方」についてだ。平たく言えば、社会が人間の成長に影響を及ぼさない訳がない、よって今回の事件の容疑者のような人間に、社会はどのような影響を与えた可能性があるのだろうかという疑問である。残念ながら私は、いま現在このような問題意識について、語れるだけの言葉や知識を持ち合わせていないが。

 ただ、このような疑問に考えるヒントを与えてくれる本を最近読んだ。大塚英志氏の「『おたく』の精神史 一九八〇年代論」(講談社現代新書 ISBN4-06-149703-0 950円)がそれだ。80年代にまんがやアニメ、エロ雑誌といったサブカルチャーの世界で仕事をしてきた著者が、その体験を通じてこの時代の世相について考察した論評集だ。書名こそ「おたく」という言葉が書かれているが、基調は、80年代という時代に隆盛をきわめたサブカルチャーが、社会にどのような影響を与えたか、社会の中でどういう位置づけをされていたのかを考察する400ページ超の労作だ。この時代に誕生したと言われる「おたく」と呼ばれた人たちだけでなく、この80年代にいわゆる「青春時代」を過ごした人間たちと、それに連なる90年代以降を生きている若い人たちに向けた、時代と社会を考える内容となっている。なぜ、今回の事件のような容疑者が生まれてくるのか、それに不安を感じる人や関心のある人にはぜひ読んでいただきたい本だと思う。

 年は改まっても、世相や情勢はそう簡単には変わりはしない。できる限り、考えることを続けていきたいと思う。

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