「歴史」を考えつづけ、検証しつづけていくこと

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 情けない、というか申し訳ないというか、6月23日が沖縄慰霊の日だということを思い出すのは、直前か当日に報道でされて、という有り様である。沖縄以外に住んでいる日本人が皆そうだとは思わないが、広島・長崎の原爆投下の8月6日・9日や終戦=敗戦の8月15日はまだいいとして、私の母親が体験したという大阪空襲の3月13日や東京大空襲の3月10日などはもはやメジャーなメディアではほとんど話題にならなくなっていることを考えると、沖縄戦の記憶と記録(伝聞を含む)はまだまだ生き残っている方なのかもしれない。

 ばっきょ隊長さんの「慰霊の日」という記事を読み、そう思った次第。
 平和祈念公園は3年前に初めて行った。9月も終わりという頃なのに、真夏の太陽がぎらぎら照りつける酷く暑い日だった。ほとんど人がおらず、波と風の音しか聞こえない午後の公園で、結婚前のカミサンと平和の礎を端から端まですべて歩いてみた。思っていた以上に歩くのに時間がかかった。それだけの人が亡くなったということを、暑さに半分うなされながら感じた記憶がある。

 あの時の沖縄がどういう状況だったのか。今を生きる人間としてはひたすら想像するしかないが、なぜそういう状態になったかは、考えつづけ検証しつづけて行かなければいけないことだと思う。
 ばっきょ隊長さんが「何故に国を守るために鉄砲に竹ヤリで戦わなければならなかったのだろうか、という事は考えるべきだと思う。」と書かれていたことについて、たまたま読んでいた本にそのことを考えるヒントがあった。

 それは「謎とき日本合戦史」(鈴木眞哉著、講談社現代新書/ISBN4-149568-2)という本で、日露戦争以降の日本軍(陸軍)が戦争・戦闘の根本原則として採用した「白兵主義」=主に銃剣突撃主義が、「日本人の古来からの戦闘法であり、日本人独特の妙技」とされ、戦後もそれが「日本歴史の常識」みたいに思われているのを著者が疑問に思い、日本人はどのような戦いをしてきたか、という検証をしたものである。
 日本人に限らず、ずっと戦いは飛び道具中心(弓矢や鉄砲など)で行われてきて、人間同士が斬り合う戦いは例外的であったことや、信長が甲斐武田軍を鉄砲で打ち破った長篠の戦いを「そんな戦いは不可能」と結論してみたり、激しい斬り合いが行われたと伝えられる源平合戦が実はそうではないと仮説を立ててみたりと、とても面白い内容に仕上がっている。

 著者によると、日本の合戦で白兵戦が行われたのはほとんどなく、白兵戦は、たまたま敵味方が遭遇した時など例外的に起こる戦闘であった。その白兵主義が、日露戦争後に大々的に登場した理由として、「203高地」で有名なロシア軍の旅順要塞攻撃が銃剣突撃で成功したという評価が背景にあるという。日本陸軍は、日露戦争の「勝利」の要因として、兵力や装備などすべての面で上まわっていたロシア軍に勝てたのは、「日本軍の軍人精神が優っていた」と評価していた。平たく言えば「銃剣突撃で勝ったのだから、今後もその方針で行くべき」ということだったらしい。一方で、明らかに他の方法より戦死者が多く出るこの戦闘方法に批判も少なくなかったが、当時の兵士の士気や能力が低いことに軍首脳部は衝撃を受け、なんとか兵士自信をつけさせようと「白兵主義」を強調した側面もある、と指摘する専門家もいるらしい。
 白兵主義の伝統は欧米にもあり、むしろ日本のものより徹底したものだったらしいが、銃器が普及した第一次世界大戦で騎兵隊がことごとく敗れ、その経験から白兵主義を捨て去った。大規模な戦場にいなかった日本だけがますます白兵主義に傾倒していくという滑稽な状態になったという。
 その後、経済的要因から兵器の補充・革新がなかなか出来なかった日本軍は、「弾薬を使うことを惜しむ」傾向が定着し、それによるハンディキャップを埋めるべく、ますます「白兵主義」=軍人精神主義にのめり込んでいった。太平洋戦争においても、弾薬を使わず夜襲で勝利するという訓練が行われ、物量質にはるかに勝る米軍に打ちのめされることになった、と検証している。

 その「白兵主義」が行き着いたところが、「玉砕」と「竹槍」であり、特に竹槍戦法は、戦術的には全く役に立たないだけでなく、当時の日本では主に非戦闘員用の武器として用いられたことに明らかなように、戦時国際法で保護されるべき非戦闘員を戦闘員として動員するという「暴挙」でもあった。その延長線上に沖縄戦の民間人犠牲者がいる(無論、アメリカ軍の無差別攻撃も大きな要因であり、それの重大さはいささかも減じていない)。

 「白兵主義」などという「偽りの歴史観」が、先の第二次大戦の敗戦という結果を導いた要因のひとつであるともいえよう。「誇りを持てる歴史を」などと主張する人間がいるが、そういう「歴史」が、時代の検証に耐えうるものなのかどうか、折々に考えつづけていく必要があると思う。

 日本の夏は、そういう季節でもあると思っている。

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