際限なき規制緩和が行き着く「所」か:水俣病関西訴訟最高裁判決、国と県の責任認める

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水俣病、国と県に責任 最高裁で初の判断(共同通信) from Yahoo!ニュース 2004.10.15

 発生からあまりにも長い時間がすぎてようやく真っ当な結論が出た。あまりに遅い結論ではあるけど。今さらなので、詳細は触れないが、とにかくよかったと思う。

 で、このニュースを聞いて考えたことを。

 それは行きすぎた規制緩和が今後、水俣病のような重大な「害悪」を引き起こすのではないか、ということ。バブル崩壊以降、日本政府は経済立て直しのためにあらゆる手を使ってきたが、その中でも規制緩和は最重点項目として取り扱われてきた。もちろん、その規制緩和の中には国民生活の向上のために必要な取り組みもあったが、企業活動の自由化・活性化を狙った取り組みも多い。金融分野だけ見ても、1990年当時と現在とでは規制の在り方が大きく変わっている。
 企業活動の自由化・活性化と言ったら聞こえはいいが、平たく言えば競争力をつけて利益を最大限あげるための活動に対し、出来るだけ制限を外していくことであろう。企業が自らの利益の最大化のために行動すれば、生活にネガティブな影響を与えるケースも少なくない。
 たとえば大手スーパー。世界の大手スーパーと競争するためと言って、出店・退店を自由にしろという主張を長年続けている。実際の話として、大手スーパーが出店して地域は活性化したかに見えたが地元の商店は壊滅し、数年後、その大手スーパーが売上増を見込めなくなったとして退店。一気に地域の経済は冷え込み、残ったのは店の跡地だけ、というケースが増えてきているという(参考:ファスト風土化した日本と危険な地方農村部 from カルチャースタディーズ)。あの薬害エイズ事件のように、企業(主に大企業・多国籍企業。中小零細企業にそんなことをする体力はない)は利益追及のために危険なことを承知(?)した上でやるという面を持っている。そういう行為は本来きちんと規制されなければならないものだが、政府は企業の利益追及が景気回復に貢献するとして、勢いで必要な規制まで外すような政策をとっているのが実情だ。景気回復のために、国民生活を犠牲にしかねない姿勢をとっているのが今の政府与党といえよう。

 もっといろいろ関連して考えていることがあるのだがうまくまとまらない。見つけたはずの資料もみつからず、説得力にかける内容になってしまったことは自覚している。ただ、企業の利益追及活動は国民個々人の生活の向上とは矛盾する事が多分にあるということが言いたいだけだ。
 このテーマは、個人的にずっと感心を持っているので、引き続きいろいろ調べていきたいと思う。

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